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どうか、その声をもう一度
第5章 ひびのおと
俺が黙り込めば、ただ、沈黙が訪れた。寒いのか両手をこすり合わせる沙英。リンクの方を見ながらそっと沙英の手を握った。振り払われることも覚悟していたが、冷えた指が俺の指に絡む。
もし、もう一度会うことが出来たら、触れたかった。抱き締めたかった。思いがけない再会は喜び以上に戸惑いが大きかった。もう二度と会えないかもしれないと思っていた沙英が今、俺の隣にいて、俺は彼女の手を握っている。
俺は、どうしたいのだろう。今、雰囲気に任せて彼女を抱き締めたらそれで満足するのだろうか。いや、そんなことで済むはずがない。抱き締めてしまえば、俺はまた急速に彼女に惹かれていく。
「沙英、」
そっと名前を呼ぶと、沙英の黒い瞳が俺を捉えた。柔らかそうなチェックのストールをぐるりと巻いたせいで、頬の辺りの髪の毛がふわふわと浮いて見える。震える唇。声を失くした彼女の口からはもう俺を呼ぶ声は聞こえない。
「沙英……」
どうして、今なのだ。どうして、もう少し早く再会できなかったのだ。考えても仕方のないことが頭の中を駆け巡る。
「秀治さーん!」
見つめ合いながら徐々に顔が近づいていった。あと、ほんの少しで唇同士が触れあう時になって諒の声が俺たちを割いた。慌てて距離をとり、俺は意味もなく立ち上がる。
「時間もあれですし、そろそろ解散ってことでどうですかね」
「あ、ああ、おう。健全でいいんじゃねえの」
どれだけスケートに夢中になっていたのか、靴を履き替え俺たちの傍へやってきた諒とナツメちゃんは薄らと汗をかいている。
「浮気で手出すには不向きなんじゃないですかね、彼女」
「……見てたのか」
「秀治さんって彼女さんのこと好きなんだか好きじゃないんだか分かんねえなっていつも思ってましたけど、浮気するタイプだとは思ってませんでしたよ」
「お前、俺のことそんな風に思ってたのかよ」
想定外の毒舌。まさか諒にそんな風に思われているなんてこれっぽっちも想像したことがなかった。俺が肩を竦めて話を切り上げようとすると諒の眉間には深い皺が刻まれた。