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どうか、その声をもう一度
第5章 ひびのおと
「思ってましたよ。もっと言うと、あ、この人セックスしたいからとりあえず同棲してんのかな、とか結婚する気なんかないくせに彼女かわいそうだな、とか思ったこともありました」
「……ひでえ言いぐさ」
「だって、イベントごとも無関心だし、今日のこと俺が頼んだときも迷う素振りもなかったし。ああ、あと、休出ってなるとちょっとほっとした顔しますよね。それから土日も別に休みたがらないし」
「分かった。もういい」
堰を切ったように溢れ出す毒。さっと手を振って、これ以上は聞きたくないと示してみせた。諒はわざとらしい溜息をついたかと思うと、俺、知ってるんですよね、と小さく言った。
「知ってるって、なにを」
「雰囲気違うんで中々思いだせなかったですけど…彼女、沙英さん。あの人がきかっけで俺、ギター始めたんですもん」
遠い記憶を辿るような、ぼんやりとした視線。楽器になど縁がなかった中学生の諒が友人に誘われていったライブハウスで沙英に出会ったという。諒は沙英のことを眩しかったと言った。奇しくも俺が彼女に対して思っていたことと同じだった。
何度も何度も沙英たちのバンドのライブに足を運び、そうしていく内に自分も同じステージに立ちたいと願うようになったそうだ。当時、沙英の所属するバンドはかなり名が知られていてメジャーデビューの話もきているらしいとの噂が絶えなかったが、諒が高校1年の夏、バンドは突然解散。それ以来、沙英の消息を知る者はいなくなった。
「すごかったんすよ、声もね、力強くて、それなのになんか胸の奥がじわって熱くなってく感じで。ギターも上手かったなあ…指が踊ってるみたいに見えるんすよ、無駄がないっていうんすかね」
あの夏、沙英の左手の指に走っていた痕はギターの弦を押さえ続けたためにできたものだったのだろうか。