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どうか、その声をもう一度
第5章 ひびのおと

俺は沙英の歌声を知らない。他愛もない会話を繰り返した時のあの声が、ギターを弾き、歌を歌った時、どんな風に変化するのだろう。想像してみたところで、頭の中に響くのは俺の名前を呼ぶ声だけだった。

「もう一度、聴きたいなあ。秀治さんも聴いたら、たぶん魂掴まれますよ」
「……もう掴まれてる」
「あーあ…さっきも言いましたけど、浮気には不向きだと思いますよ」
「……本気だったら?」
「本気で惚れたっていうなら俺は秀治さんのこと軽蔑しますね」
「………だよなぁ」

恐らく、諒の脳裏には彩夏の存在が浮かんでいるのだろう。就職とほぼ同時に同棲を初めて、諒の言ったように結婚なんて覚悟もないままずるずると彩夏に甘え続けていた。あいつが勝手に俺のことを好きなんだから、とかそういう風に思ったことはない。いつだって心の片隅に沙英がいることへの罪悪感を覚えていた。

いつか、彩夏と結婚して、子供が産まれて、そうやって沙英のいない人生を歩んでいくのだろうと思っては、いた。

もう一度会いたい、声を聴きたい。そればかり考えて、出会ってしまったその先のことなんて愚かな俺は考えもしなかった。

「沙英さん?大丈夫ですか?」

不安げなナツメちゃんの声で我に返った。振り向いた先では気分が悪そうに顔を歪めた沙英がいる。慌てて駆け寄ると、ナツメちゃんが人に酔っちゃったみたいです、と泣きそうな声で言う。

「ちょっと静かなとこで休ませて、俺が送ってくよ」
「秀治さん、あんた俺の忠告聞いてなかったんすか」
「バカ。そういう意味じゃねえよ」
「あ、えっと…送ってくの多分私の方がいいと思います。大丈夫なので、お二人は先に帰ってください」
「ナツメちゃんの方がいいって…でも、」
「あの…その、沙英さん、一緒に暮らしてる人が居て…なんといいますか、ちょっと…」

ごにょごにょと語尾を濁すナツメちゃんを見ながら、ああ、男か、と思った。そうだ、沙英に恋人がいないと決めつけていたが、パートナーがいる可能性だってゼロではなかったじゃないか。
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