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どうか、その声をもう一度
第2章 雨の中、邂逅

「秀治、ぼーっとしてないで早く食べちゃって」
「あ、ああ、悪い」

朝食を食べ進める彩夏の顔を見ながら昔のことをあれこれ思い出していると、小言が飛んできた。味噌汁の椀を掴んで口元に持っていく。ちらりと彩夏の方を見ると彼女の視線はテレビへと戻っていた。

気持ちに応えられないと言ってからも、彩夏は何度も俺に連絡を寄越した。彩夏のことは異性として見られないままだったが、都会の暮らしの中で感じる故郷の面影がなんとなく愛おしかったこともあり、彩夏を無下にすることも出来なかった。

『そろそろ振り向いてよ』

大学卒業間近になって、彩夏は言った。その言葉で、俺は、もう区切りをつけようと思った。広い都会の中で沙英の姿を探し続けるのはもうやめよう。そう決意して、彩夏と暮らすことを選んだ。

俺が言った「好きな人」について、彩夏は一切触れようとしなかった。懸命に目を背けて、俺との暮らしを楽しもうとしてくれていたのだろう。秀治、秀治、としつこく俺を呼んで、俺に甘えて、俺の世話をやく姿を見ている内に彩夏を愛しいと思う気持ちは育っていって、沙英のことを思い出すことは減っていった。

でも、完全に忘れるなんてできなかった。ふとした瞬間に、沙英の表情が頭の中を占拠するのだ。忘れないで、と訴えられているような気持ちになった。

沙英のことが脳裏を過ぎると同時に罪悪感が胸を満たす。彩夏はこんなにも俺を想ってくれているというのに俺はいつまで経っても沙英を想っていた。

こういう時の食事はとにかく味が分からなくなる。不審がられないように手早く食事を済ませ、席を立つ。言葉少なに身支度を整え、家を出ようとすると背後から足音が追ってくる気配。玄関のドアを押し開けようとしていた手を止め、振り返った。俺の黒い折り畳み傘を手にした彩夏がいる。

「雨、降んないだろ。予報も晴れだったし」
「降るよ。そんな予感がする。だから持ってって」
「お前のそれ、当たるもんな。持ってくよ」
「うん。いってらっしゃい」
「ん、いってきます」
「秀治」
「ん?」
「今日も、大好きだよ」
「………おう」
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