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臥龍の珠
第3章 三顧の礼
 見慣れた質素な寝室。大した家財を持たなかったのは、身を臥せてこの時をじっと待っていたのだと、珠は思った。

 いつでも雲を掴んで空に飛び上がることができるように。

「曹操は虎視眈々とこの荊州を狙っているはずです。景升公が存命のうちはいいのです。ですがもし景升公が亡くなった場合、その隙を突いて必ずや、策を仕掛けてくるでしょう」
「はい」

 閨にあるというのに、ちっとも色気のない言葉だ。だがこうして世の中を語る亮は、実はどんなときよりも色っぽいと、珠は思う。珠は弁をふるう亮を、半ばうっとりと見上げた。

「もし、荊州が取られたらどうするのですか?」

 珠の疑問を予期していたかのように、間髪入れず亮は答えた。

「逃げます」

 予想もしなかった答えに珠は目を丸くした。

「『三十六計逃げるに如かず』ですよ」

 亮はいたずらして逃げ出す子供の顔で笑った。

「今の玄徳様に曹操と五分に渡り合う力はありません。もちろん逃亡先の目星はつけています。逃亡先で曹操に対抗できる力を蓄えるのです」

 そしていとおしげに珠の頬をなで、髪を留めていた簪を引き抜いた。蝋燭の灯りをうけ、珠の髪が黄金色に輝いた。

「先の先を読むこと。これが軍略の基本です。ですが今まで玄徳様の手勢には、それができる人間が玄徳様しかいませんでした。軍が大きくなれば大将以外に戦略の立てられる人間が必要なのです」
「はい」
「ふふ、さすがあなたは飲み込みが早い。色気のない話はここまでにいたしましょう」

 ひどく色っぽい顔で、亮は珠を寝台に押し倒した。
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