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くすくす姫と百人の婚約者(フィアンセ)
第32章 三度目の、お手合わせ
「お体はもう宜しいのですか、姫?」
手合わせの間にやってきたタンム卿は、開口一番、言いました。
「昨日から体調が優れないと伺いましたが…ご無理なさらず。延期されても、私は全く構いませんよ」
タンム卿は長椅子に座る姫の隣に腰掛け、姫の手を取って優しく微笑みました。
「タンム様」
長椅子の上で畏まっていた姫は、俯いたまま言いました。
今日は、タンム卿が部屋に入ってから、一度も目が合っていません。
「はい?何でしょう、姫」
「本日はお手合わせでなくて、お話をさせて頂きたくて参りました」
姫の言葉に、タンム卿は訝しげな顔になりました。
「話、ですか?」
「はい」
姫は一度言葉を切って顔を上げ、タンム卿を見ました。
「お見合いを、破談ということに、させてください」
「それは、また…どうして突然?」
思いも寄らない姫の言葉に、タンム卿は面食らいました。
「私、結婚するのを諦めました。一生お嫁に行きません」
姫は一旦目を伏せ、再び顔を上げて、タンム卿を見ました。
「だからもう二度と、お見合いはしません」
「…いつから?」
しばらくの間を置いて、タンム卿は姫から目をそらし、呟きました。
「え?」
「いつから、そのように?」
姫が口籠もると、タンム卿は姫に畳み掛けました。
「少なくとも前回のお手合わせの時は、そうは思っていらっしゃらなかった筈だ」
姫の目を見たタンム卿の目は、今まで姫が見たことの無い、怒りとも冷たさとも付かないような光を湛えておりました。
「それは…急に、そう思うようになって」
「何故?」
タンム卿に詰め寄られ、姫は無意識に後退りしました。
「え」
「簡単に気を変えて良いような御約束ではない筈です。何か、きっかけがあったのでしょう?」
気が付くと、姫は、長椅子の隅に押し付けられるような格好になっていました。
「きっ、かけ」
「破談にされるのであれば、私はそれを聞く権利がある筈だ。…私は未だ、あなたの婚約者なのですから」
そう言うとタンム卿は姫に覆い被さるようにして首元に唇を寄せ、姫はきゅっと目を閉じました。
「んっ…」
「おや?」
一房手に取られた髪に口づけられ、姫はぴくっと震えました。
「…良い香りがしますね?」
タンム卿はそう言って姫の唇に唇を寄せ、触れそうな近さで、囁きました。
「オレンジでも、召し上がったのですか?」