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あの星に届かなくても
第2章 いびつな日常
会釈してドアを閉めると、休憩室を出てタイムカードを機械に通す。バックヤードを抜け、売り場に続くスイングドアの前に立つ。ひとつ息を吐いて口角を上げ、扉を引いた。
「いらっしゃいませ」
挨拶のあとに一礼し、明るく清潔感のある店内を進む。レジに向かうと、ベテランマダムの山口がいた。
「お疲れさまです。交代します」
「あ、今日は望月ちゃんなのね。よかったー土屋さんと顔合わせずに済んで」
「え、あ、はは」
「じゃあよろしくね」
ふくよかな後ろ姿を見送り、小さくため息をついてレジにすばやく責任者番号を入力する。
ふと、隣のレジから鼻で笑う音が聞こえた。目をやると、山口と同じくベテランパートの斉藤が気弱そうな顔を歪めている。
「山口さんてほんと土屋さんのこと嫌いだよね」
「ですね」
「土屋さん美人だけど、ちょっと変わってるから」
「うーん……いい人だと思いますけどね」
「早めに出勤して市川くんに媚び売ってるらしいわよ」
「…………」
「なにしに来てんのって感じ」
失笑混じりの話し方には少しばかりの悪意が含まれている。
「望月ちゃんも、あまり無理して仲良くしなくていいと思うよ」
「え、いや、はは……」
慧子は、紗恵をうまくフォローできずにひきつった笑みを返した。
いるだけで目立つ女性は、その人の本質がどうであれ、好き勝手に悪い噂を立てられ疎まれてしまう。いくつになっても女社会は恐ろしい。それをうまくまとめている市川は、実はものすごいやり手なのかもしれない。
そんなふうに思っていると、レジに客が入ってきた。慧子は気持ちを切り替え、明るい笑みを向けた。