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あの星に届かなくても
第2章 いびつな日常

***

 夕方の忙しさが落ち着いた頃、早番の社員と午後勤務のパートたちが帰っていった。これからラストまでは客の数も減ってきて、わりと暇な時間が多くなる。

「慧子ちゃん。レジ交代ね」

 カウンター内に入ってきた紗恵が、身体を寄せて耳元で囁いた。

「今ね、スキンのコーナーで男の人がうろうろしてるの」
「え」
「店員が女だけだから声かけられないのかも」
「な、なるほど」
「困ったら市川くんに言えばいいわよ」
「はい」

 にこりと微笑む紗恵と小さく手を振り合い、慧子は緊張感をもって商品整理に向かった。
 この仕事を始めてまだ二ヶ月。薬、日用品、化粧品などたくさんの品物が並ぶ中、商品整理をしながら少しずつ知識を蓄えているが、まだすべてを詳しく把握できているわけではない。
 棚の中の商品を前陳しつつ、ゆっくりと店内奥に進む。目立たない場所にあるそのコーナーには、紗恵の言ったとおり、商品を前にしてなにやら悩んでいる様子の中年男性がいた。声をかけていいのだろうかと逡巡していると、こちらに気づいた男性に「お姉さん」と呼ばれた。

「は、はい」
「これとこれ、どっちが生の感覚に近いかな」

 両手にひとつずつ持った箱を差し出され、慧子は絶句してそれらを受け取った。心なしか男性の口元が緩んでいるように見える。

「え、っと……」

 パッケージを見ても、裏面の説明を読んでも、より“生の感覚に近い”ほうなんてわからない。数少ない経験の中から記憶を辿ろうとしてみても、そういうのは相手任せだったから説明に使える情報などない。

「お姉さん若いからわかるかと思ったんだけど。いつも使ってないの?」
「え、あの……」
「望月さんていうんだ」

 胸のあたりに付けているネームプレートを凝視して、男性はそう言った。今度はあきらかに口元が笑っていた。

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