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あの星に届かなくても
第2章 いびつな日常
男性客のもとに歩み寄った市川は、穏やかな声で話しかける。
「お待たせしました。私がお伺いします。どちらがよりリアルな感覚を得られるか、ですね」
「ああ、いや……まあ」
まさか男が出てくると思っていなかったのか、男性は市川を見上げて気まずそうに答えた。
「それでしたら、こちらがおすすめです。薄さは均一、素材も柔らかく、サイズが合えばフィット感は抜群です。相手の体温をダイレクトに感じられます」
「は、はあ……」
「ただ、使い慣れていないと、最初は装着のしづらさや圧迫感を感じるかもしれません」
流れるような商品説明に男性はすっかり圧倒されている。慧子は腹の前でこぶしを握りしめ、ひやひやしながらそれを見守る。
「それから、早漏の方は」
「えっ? あ、いや……」
「さらに早くなる可能性があります」
「へ、へえ……」
男性の声が裏返った。しばしの沈黙のあと、早口でこう続けた。
「でも今日はいいや。また来るよ。じゃ、どうも」
そのまま慧子には目を向けることなく、男性は背中を丸めて足早に去っていった。
「……あの、すみませんでした」
屈んで商品を棚に戻す市川に、慧子は静かに声をかけた。ふと、その涼しげな横顔が苦笑を浮かべる。
「久しぶりに来た、あの人」
「え、来たことあるんですか」
「ここには二回。他の店舗も何度かあるらしい」
腰を上げた市川が高い位置から視線をよこす。
「気に入った従業員に声かけて、困らせるだけでなにも買わない。何週間かして忘れた頃にまた現れて、同じ人を狙って声をかける」
「うわ……」
「二回とも俺が休みの日でなにもしてやれなかったから、防犯カメラの映像見て背格好と雰囲気だけは覚えておいたんだよ。次来たら自分が対処しようと思って」