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あの星に届かなくても
第2章 いびつな日常
営業時間が過ぎて閉店作業も終わると、慧子は紗恵とともにバックヤードに入った。タイムカードを機械に通し、休憩室に入ったとたん、紗恵が口を開いた。
「市川くんに聞いたわよ。大変だったね」
「あはは……びっくりしました」
苦笑まじりに答えながらユニフォームを脱ぐ。
「慧子ちゃん、若くて可愛いから狙われてたのよ」
同じくユニフォームを脱いだ紗恵。露わになったVネックセーターの胸元では、窮屈そうにおさまるふくらみが谷間を作っている。それを横からちらりと見て卑屈になる自分が醜くて、慧子はさっとロッカーを開けた。
「からかいやすそうだったんですよ、きっと」
「違うよ。慧子ちゃんは自分の魅力に気づいてない」
「魅力?」
その言葉の意味を考えつつ、まとめ髪をほどく。
「あ、それも慧子ちゃんの魅力のひとつ。むわんって匂いが舞うの」
「えっ、臭かったですか」
「だーかーらー、臭いんじゃなくて色っぽい香りがするのよ」
「えぇ……」
手ぐしで整えたミディアムの髪を、紗恵の綺麗な手にするりと掬われた。驚く暇もなく匂いを嗅がれる。
「シャンプーなのか、フェロモンなのか」
「さ、紗恵さん」
「スタイルよくて細いのに、触るとムチっとしてて柔らかいし」
紗恵はそう言いながら慧子の腕や腰を撫でると、最後にこう呟いた。
「羨ましい……」
伏せられた長いまつげの奥で黒い瞳が揺れたように見えたとき、バックヤードで物音がした。市川が売り場から戻ってきたのだ。
しばしのあと、休憩室の扉が開けられた。目が合うと、市川は薄い笑みを浮かべて「お疲れ」と一言残し、売上金を保管するため奥の部屋に消えた。