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あの星に届かなくても
第2章 いびつな日常
「今夜もお疲れさま」
「……どうも」
たいして厚みはないが貴重なそれを受け取り、バッグの中に収める。柔和な笑みを浮かべた男に鋭い視線を返すと、紗恵は車から離れて歩きだした。
「大丈夫か」
後ろから静かに問われ、思わず足を止める。
「なんだか本当に疲れた顔をしているね。ひどいことでもされたか」
「らしくないわよ、心配なんて」
苦笑まじりに答え、紗恵は再び足を踏み出した。ヒールの音が響く静まり返った路地は、ぽつりと佇む外灯にぼんやりと照らされている。
マンションに入るのと同時に鳴りだしたエンジン音は、そのままゆっくりと遠ざかっていった。自宅に帰るのか、それとも別の女のところへ行くのか。どちらでもいいが。
三階についたエレベーターを降り、東側の角部屋に辿り着くと鍵を開けて中に入った。玄関の灯りをつけ、暖かな色に照らされた廊下にハイヒールから抜いた足をそっと下ろす。薄いストッキング越しに触れる冷たい床の感触を確かめるように、一歩、また一歩、脚を襲う倦怠感に耐えながら踏みしめていく。
ひとけのない暗い部屋に入るなり、紗恵は照明と暖房をつけた。生活感のない空間が目の前に広がる。バッグを置いて、部屋奥の引き戸から隣接する寝室に入り、上質なウールコートをハンガーに掛ける。ヌーディカラーのワンピースを身体から落とすと、脱衣所に向かった。
ワンピースの色に合わせたスリップ、シースルーのブラジャーとショーツ、ストッキングを洗濯かごに脱ぎ捨てバスルームに入る。シャワーの蛇口を勢いよく開けた。
「はあ……」
頭から熱いシャワーを浴びながら、ふと手首に鈍い痛みを覚えて視線を落とす。昨夜、長時間締められて残った痕が紫色に変化している。水滴に打たれるその痣をぼんやりと眺め、紗恵は嘲笑を浮かべた。