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あの星に届かなくても
第2章 いびつな日常
頭の天辺から足の爪先まで、紗恵は丁寧に洗った。ホテルのシャワーで軽くぬめりを落とす程度で済ませた下半身は、中も念入りに流した。身篭る可能性がほぼゼロに等しかったとしても、愛していない男の一部を体内に残しておきたくはない。
ふと、つい数時間前に見た慧子の顔が思い出された。市川のことで少しからかってみただけだが、彼女にはきっと目の前で微笑む年上女が本能を剥き出しにした色魔に見えていたに違いない。
純粋で誠実な慧子にはまだ理解できないだろう。それは決して正義ではないと、倫理に反すると、そう承知しながらも、目的を達成するため非人道的な方法に手を染める者がいることを。
浴室を出ると、火照った身体にバスローブを羽織る。洗面台でスキンケアを済ませ、長い髪を乾かし、部屋に戻るとそこはすでに暖かな空気で満たされていた。
キッチンの食器棚からショットグラスを選び取ると、お気に入りのウイスキーとスモークチーズを手にソファへ歩み寄った。ため息とともに腰かけ、ボトルの栓を開けて小さなグラスいっぱいにウイスキーを注ぐ。クリスタルに透過する魅惑的な琥珀色が揺れた。
今夜はゆっくりと優雅にグラスを傾けながら時間を愉しむ心の余裕はない。胡椒や燻製の香りを感じつつ、ぐいと顎を上げ一息に飲み干した。舌の上を滑り落ち、喉を通ったスパイシーな味わいが鼻腔に芳しい余韻を残す。そのむせ返るようなアルコールが身体を熱くし、紗恵は濡れた吐息を漏らした。
チーズの袋に手を伸ばしかけ、ふと目線の先にバッグが見えて腰を上げた。中から茶封筒を取り出し、ソファに座りなおして中身を覗いてみる。数枚の万札だ。