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あの星に届かなくても
第2章 いびつな日常
「いち、に、さん……」
指で一枚ずつめくっていくと、昨夜と同じで五枚あった。それをテーブルの上に放り投げ、チーズを一粒口に入れ咀嚼する。鼻腔をくすぐる燻製香に唸りながら、ウイスキーをもう一杯グラスに注いだ。
男たちから窃取した体液は、ある組織の研究室へ運ばれる。顕微鏡で良好運動精子が選別され、遠心分離器にかけられ洗浄、濃縮される。凍結保存液と混和され、最終的にマイナス196度の液体窒素で半永久的に凍結保存される。
それから先のことは考えないようにしている。紗恵は、ウイスキーを呷った。
組織の末端に属する人間たちは、事の詳細を知らされることなく、組織の全貌を把握することなく、ただ命じられたとおりに動く。自分がなんのためにこうしているのかわからずに、あるいは薄々気づいていても、従うしかない。
だからこう思おうとする。こうしているのは自分が生きるため、そして大切な誰かを守るためだと。
作りあげられた正義を信じることしか、自分のしていることを肯定する術がない。見たくない現実は見ない。わかってはいるのだ。わかっていてもするのだから、余計始末に負えないのだけれど。
酔いが回ってきたのを自覚し、ぐったりとソファにもたれる。重くなってきたまぶたを下ろしてしばらくじっとしていたが、一日の終わりにやることを思い出し、紗恵は目を開いた。
バッグの中から携帯電話を取り出し、指で画面を操作してチャットアプリを起動させる。トークの一覧画面が表示された。