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あの星に届かなくても
第3章 非日常のくぼみ
二年前の彼らの結婚式、その年の正月、一年前の祖父の葬式と先月の一周忌に会ったくらいで、兄の妻をそれほど深く知っているわけではないが、ほかに男を作りそうに見えないということはたしかだ。
彼女は、慧子の三つ歳上の二十八。背は慧子より低く一見おとなしい印象で、三十一歳の兄からすれば可愛い年下女房だ。しかしながら、芯が強くしっかり者な一面もあり、兄の基本的には優しいが亭主関白気質のある性格をよく理解してうまくコントロールしてくれているようだった。
そんな彼女は、兄が急な仕事で来られなくなった祖父の一周忌に一人で東京からこちらまで来てくれたのだ。そのときになにか嫌な思いをさせてしまったのだろうかと、慧子は不安にならずにはいられない。
「もしかして、田舎の法事のストレスが……」
『それは関係ない。半年前からおかしかったんだ。さっきも言ったろ』
「でもさぁ」
『同居を断固拒否されたんだから、法事くらいは出てもらわないと』
「ああ……やっぱり嫌だよね、義両親との同居なんて。今は私もいるし」
今時、長男の実家に嫁ぐなど古い考えだが、このあたりはそのしきたりに縛られている家が少なくない。彼女がどんなふうに拒否したのか想像もつかないが、兄の口調から察すると頑なに拒絶されたようだ。
兄がそのことを今まで一言も言わなかったのは、自分の親と妻の間に確執が生まれるのを避けたかったからだろう。
『同居どころか、俺と一緒にいるのも嫌になっちまったんだよ、あいつは……』
その力ない声には、人知れず周りに気を遣ってきた兄の気苦労と、それが無駄になってしまった虚しさが窺えた。またなにかあったら連絡をすると約束して通話を終え、和室に戻った慧子は、祖母には兄のことを伝えずに歯がゆさを押し込めた。