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あの星に届かなくても
第3章 非日常のくぼみ
◇◇◇
午後四時三十五分。
艶のあるその声の主は、いつものように少し早めに出勤してきた。
「市川くん、お疲れさま」
一人パソコンと向かい合っていた宗介は、キーボードを打つ手を止めて振り向いた。スライドドアの隙間から、微笑を湛えた背の高い女がこちらを見下ろしている。
「お疲れさまです」
ふだんどおり抑揚のない声で答えると、紗恵は「ねえ」と親しげに話しかけてきた。
「慧子ちゃんは今日お休みだよね」
「はい、シフトどおり」
「寂しいなあ。私に優しくしてくれるの、あの子だけだから」
「……ああ」
「市川くんも気づいてるでしょ。山口さんたちが私を嫌ってるの」
小声で言い、紗恵は自嘲気味に口元を歪めた。
気づいていない、といえば嘘になる。宗介は少し考えてから口を開いた。
「嫌っているというか、恐れているんだと思いますよ」
「なにを?」
「土屋さんが、山口さんたちをまったく恐れていないことを」
紗恵は唇を薄く開いたまま、まばたきを数回繰り返す。そうしてふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「よく見てるのね」
「それも仕事ですから」
「ふーん、仕事か。ま、そうよね。店長だし」
最後の言葉を強調するように言うと、紗恵は意味ありげに微笑む。
「慧子ちゃんに特別優しくしてるように見えたのは私の勘違いだったか」
「新人に対して丁寧に接するのは当然です」
「だったら、みんなに避けられてるパートにも優しくしてほしいなー」
「全員に優しくしてますよ」