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あの星に届かなくても
第3章 非日常のくぼみ

 まだ結ばれていない長い黒髪を手で払いながら、「そうかな」と呟いた紗恵は、反応を窺うように目を合わせてくる。宗介はその鋭い視線から目をそらすと、再びゆっくりと見つめ直した。

「土屋さんは賢いからわかりますよね。どうすれば相手に嫌われるのか」

 一瞬、色づいた女の唇がぴくりと震えた。

「それをわかっていて、あえてそうしているように見えます」

 紗恵はなにも答えず、口元に薄い笑みを浮かべる。肯定、だろうか。

「それでも仲良くしてくれる望月さんに構いたい気持ちはわかりますが、彼女の優しさを試すようなことばかりしていると、彼女にも避けられてしまいますよ」

 宗介が軽く口角を上げると、目を細めた紗恵は探るような視線をよこし「ふうん」と色っぽく呟いた。

「土屋さんは器用な人ですから、みなさんとうまくやっていただけたら助かります」
「そうねぇ。じゃあ、お礼してくれるかな」
「お礼?」
「デートとか」
「……いや、旦那さんとしてください」
「ふふ。冗談よ、冗談。本気にしたの?」

 あはは、と声を出して笑い、紗恵が目尻を下げた。

「そろそろ支度しなくちゃ」
「はい、よろしくお願いします」
「りょうかーい」

 明るい声とともにスライドドアが閉められた。宗介はパソコンに向き直り、ふう、と深く息を吐き出した。

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