この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
あの星に届かなくても
第3章 非日常のくぼみ
その質問を受けた時点で、その先に待つ話の流れがすでに透けて見える。墓穴を掘った、と宗介は思った。よりによって学部に繋がる話を振ってしまった。抵抗感はあるが、どちらにせよ正直に答えるほかない。
「……薬学部です」
「えっ、すごいじゃない! どこの大学?」
宗介が東京にある有名大学の名を呟くと、山口の一重まぶたが大きく開かれた。
「あんた、なんでこんなところで店長やってんの。そんないいとこ出てるなら、もっと……」
「いや、中退したんで」
宗介は、ユニフォームの胸元に付けられたネームプレートに指を添えた。落とされた山口の視線は、そこに記された肩書きが“薬剤師”ではないことを把握する。
「あらやだ、今まで気にして見てなかったから」
「ははは」
「勿体ないねぇ……なんで辞めちゃったの」
「うん、まあ、いろいろと。家庭の事情です」
言葉を濁して薄く笑むと、哀れみを孕んだ目を向けられた。これまで何度か経験してきた空気が流れる。
「あんたもいろいろ大変なんだねぇ……」
「別に大変じゃないですよ」
笑みを繕ったつもりはないが、不幸な表情に見えたのだろうか。軽く肩を叩かれた。
母親特有のあたたかみと、人生の長さを感じさせる厚さ――母のそれを彷彿させる。
「もうあんたを困らせないようにしなきゃね」
「それは助かります」
宗介は苦笑まじりに返した。自分の不運が予想外の効果をもたらしたことが、ひどく滑稽に思えた。