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あの星に届かなくても
第3章 非日常のくぼみ
今ならよくわかる。努力だけではどうにもならない領域での差を認め、自分の中に渦巻く醜い対抗心をいっそ自覚してしまったほうが楽になると。それを糧に別の道で自分らしく生きればいい、まだ終わりではないのだと。当時はそのことに気づく余裕などなく、卑屈になっていたちっぽけな自分を認めるのに時間がかかった。
だから、というわけでもないが、慧子の採用面接をしたときの彼女の様子が宗介は今でも気がかりでならない。
基本的な質問として前職について尋ねたとき、慧子はなにかを必死にこらえるような表情をした。くすぶる劣等感をなんとか消化しようと静かに自分の心と闘っていた、かつての自分のように。彼女もなにかと闘っているのかもしれない。
慧子の採用を決めたとき、例の上司は反対こそしなかったがなんとも不吉な言葉を残した。
――「君のその優しさは、いつか君自身の身を滅ぼす」
なにも優しさや好意で彼女を採用したわけではない。そんな私利私欲のために店長を務めているわけがない。じゃあなにが決め手だったのかと自問すると、決まって頭に浮かんでしまうのは面接時のあの表情なのだ。
それを振りはらうように深く息を吐いた宗介は、眼鏡を指で押し上げると閉店作業に取りかかった。