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あの星に届かなくても
第3章 非日常のくぼみ
星が見えないと息が詰まる。どう足掻いても逃げられなかったあの日の淫事に、じわじわと身体を蝕まれていく気がするから。
靴を脱いだ慧子は、毛布の中でひざを抱えた。涙は出ない。心が大きく波打つ前に水をすべて抜く術は知っている。心の中で揺れ動くものがなくなれば、そこには静寂しか残らないはずだ。
「はあ……」
慧子は深く息を吐き出し、湿っぽく淀んだ空気の中、なにかにすがるように耳をすませた。
なんの音も聞こえないまま、無情な時間が過ぎていく。天を仰いでぼんやりしていると、頬に冷たいしずくが落ちてきた。
「あっ、雨……」
急いでルーフを閉める。峠を走っている最中に降られることを免れただけでも幸いだ。しかし、こんな天気ではここに来た意味がない。
強く降りはじめた雨が、フロントガラスに映る夜景を滲ませる。慧子は、身体に巻きつけている毛布を剥がして助手席に放った。
「帰ろ」
ここに待機していることが急に恥ずかしくなった。なにも気にしていないふりをして、そう自分に言い聞かせて、いつの間にか期待に胸を膨らませていた自分が誰よりもふしだらで卑怯に思えた。