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あの星に届かなくても
第3章 非日常のくぼみ
◇◇◇
店の外は、どしゃぶりの雨だった。
「やだぁ……今日に限って車じゃないのに」
宗介の隣に立つ紗恵が、出入り口の庇(ひさし)の下で足踏みしながら言った。
その奥で「歩いてきたの?」と尋ねたのは村田。彼女は午後勤務と夜間勤務を兼任している主婦パートで、いつも誰に対しても当たり障りない態度を貫いている。
「家から三十分くらいだから。今日そんなに寒くなかったし、歩きたくなっちゃったのよ。帰りは主人に迎えにきてもらおうと思ってメールしたんだけど、まだ仕事中みたい」
それを聞いて心配げになにか言おうとした村田を遮るように、紗恵は再び口を開いた。
「市川くん。乗せていってくれない?」
「え」
隣に目を落とせば、下ろした髪を指で弄びながら紗恵が上目を遣ってくる。
「だって方向は同じでしょ。村田さんは逆方向だし、遠回りさせるのは悪いから。わざわざタクシー呼ぶのも……ねぇ?」
同意を求められた村田は申し訳なさそうに微苦笑を浮かべるも、あくまで自分は関係ないという態度を崩さない。さすがである。
アスファルトを叩く雨音に早くしろと急かされ、宗介は抵抗するのを諦めた。
「俺が送ります」
「ごめんね、市川くん。じゃあ私はお先に……」
村田はそう言い残し、駐車場の端に止めてある車へ走っていく。それを見送る紗恵が、一仕事終えたかのようにわざとらしく息を吐いた。
「私たちも行こ」
「ここで待っててください。車持ってくるんで」
「あら、やっぱり優しい」
浮かれた声をあげた紗恵を残し、宗介は愛車まで走った。ドアロックを解除してすばやく運転席に乗り込むと、盛大にため息をついてシートにもたれる。