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あの星に届かなくても
第4章 過ちはまどろみの中

 しばらくすると、「お待たせ」と声を弾ませる紗恵がカップを両手に歩み寄ってきた。部屋の大きさを考慮したサイズのソファは、紗恵が隣に座ったとたん窮屈に感じられる。
 湯気の立つカップをテーブルに置いた紗恵が手を離す瞬間、宗介はある異変に気づいた。

「土屋さん、手首の裏……」
「え?」

 白いニットの袖から見えるその透き通るような肌には、内出血に似た痛々しい痕がある。紗恵は手首を返してそれを目にすると、すばやく袖で隠した。

「なんの痕ですか」
「ぶつけたのよ」
「手首の裏をぶつけるってどういう状況ですか」
「どうだっていいでしょ。あ、勘違いしないでね、自傷行為じゃないから」
「誰かにやられたということですか」
「…………」
「旦那さん」
「……っ」

 試しに言ってみたその一言で、紗恵の表情が一変した。

「違うわ! あの人はあんなことしない!」

 今まで彼女が見せたことのなかった鋭い視線と声は、夫の存在が嘘ではないと証明している。

「あんなこと?」
「……っ、なんでもない」

 髪を耳にかけながら呟く。彼女はあきらかに取り乱している。

「誰か相談できる人は」
「そんなのいないわ。あなたに関係ないでしょ」
「怪我をして仕事を休まれでもしたらシフトが狂うので、関係ないこともないです」
「……だったらパートは辞める」

 癖なのか、やはり髪を触りながら紗恵は言った。その手が震えている。

「ずいぶん簡単に言ってくれますね」

 低い声で咎めれば、目を伏せた彼女はマグカップを手に取りコーヒーに口をつけた。

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