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あの星に届かなくても
第4章 過ちはまどろみの中
「あなたも飲んだら? そしたら正直に話す」
そう言ってまた一口飲む姿に促され、宗介もカップに手を伸ばした。唇をつける様子をじっと見つめられ、居心地の悪さを感じながら含んだ苦味を飲み込む。すると意味深げに微笑んだ紗恵が、薄く開いた口から小さく息を吸い、吐いた。
「実は私、ある組織に雇われているスパイなの」
唐突な告白だった。思わず苦笑が漏れる。
「はは、冗談ですか」
「いいえ。まあ、スパイっていっても地味なものよ。映画みたいに派手に敵と戦ったり、誰かを殺したりするわけじゃないし」
言いながら手首の痣を見せた紗恵は、「こういうのは稀よ」と付け加えた。そうして粛々と続ける。
「その組織はあるプロジェクトを進めていて、私はその下層部に所属して秘密の仕事をしているの」
「はあ。それはどういった仕事ですか」
半信半疑で尋ねると、黒い細身のズボンをまとった長い脚を組んで彼女は妖艶な笑みを浮かべる。
「男の人しか持っていないものを、ほんの少しだけ頂戴するの」
「抽象的すぎてよくわからないんですけど……」
「私もよくわからない」
「はあ?」
「……考えると恐ろしくて、おぞましくて、わからないふりをしている、と言うべきかな」
急に変わった声のトーンに、宗介は言葉を失った。それに気づいた紗恵は柔らかく微笑む。
「そういうものじゃない? 下っ端の人間は全体像なんて誰も見ていない。見ているのは今自分がやるべきことだけ。使いものにならなくなったら、私たちは終わりだから」