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あの星に届かなくても
第4章 過ちはまどろみの中
宗介は、女のくびれた腰に手を添えた。そのまま背中を撫で上げる。ほとんど無意識だった。
「そう、今だけよ。明日になればきっと、何事もなかったように一日が始まる。だから今だけは夢を見ていて。どこか遠くにいる夢。どこへでも連れていってあげるから」
ぼやける視界の中で聞こえる、熱い吐息まじりの湿った囁き。それは媚薬のように全身を駆け巡り、思考を縛りつけた。思えば久しく触れていなかった女のぬくもりを優しく抱きしめ、宗介は目を閉じた。
「遠くにいる、夢……」
「そうよ。どこでもいいの」
「どこでも、か」
「うん。どこに行きたい?」
「どこに……」
――それなら、母さんのいるところに連れていってくれ。
宗介は、心の中で小さな願いを唱えた。
大学を辞めて地元に帰ってきてから二年後――今から七年前のことだった。母は、病室のベッドからひっそりと天に昇った。
どんなときでも笑顔を絶やさない、楽しい人だった。なにがあっても弱音を吐かない、強い人だった。だからこそ、母が入院するまで宗介は気づかなかったのだ。彼女が癌を患っていたことに。
その身体を離れ苦しみから解放された魂は、宇宙の果てで自由に浮遊しているかもしれないし、ここで息子の情けない姿を目の当たりにして笑い転げているかもしれない。今だけ、それを夢見ることが許されるのなら、その笑顔を、その手のぬくもりを、もう一度……。
「どうしてそんなに哀しそうなの」
女の声で我にかえり、ゆっくりとまぶたを開ける。目の前には、今にも泣きそうに眉を寄せる美しい顔がある。
「あなたも、泣きたいの?」
「さあ……わからない」
口元に薄い笑みを浮かべ、宗介は静かに答えた。