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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥
「まーた照れてる。まったくあの男は……」
言い捨てた直後、ぱっと表情を変えた紗恵は「あ、そうだ」と声を弾ませた。
「慧子ちゃん、聞いて。一昨日からチャットしてる人がいるんだけど、いい感じなのよ」
「へえ。会うんですか?」
「そのつもり」
「わあ……ついに」
ロッカーに荷物を入れて着替えをしながら、その話に食いついているふりをする。内心はそれどころではないが。
「ハンドルネームがアルファベットのMだから、エムくんて呼んでるの」
「やっぱり本名は使わないんですね」
「うん。私も偽名」
「……なんか、すごい世界ですよね」
「ん?」
「だって、名前も素性も知らない人とやりとりして、実際に会って、その……」
「セックスする」
「…………」
なんの躊躇もなく核心に触れられて俯くと、かすかな笑い声が落とされた。
「穢らわしいよね」
発された自嘲に、慧子は思わず顔を上げ首を左右に振った。紗恵が柔和な微笑を浮かべる。
「本来なら一番近くにいるはずの人と同じ世界にいられない虚しさを、みんなどこかで埋めたいのよ」
「同じ世界……」
「そう。物理的な意味でも、精神的な意味でもね」
哀しげに口端を上げる紗恵を見て、ふと兄とその妻のことが思い浮かんだ。あれ以来、まだ兄からの連絡はない。