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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥
支度を終えて一緒に売り場に出たとたん、紗恵が「忘れ物しちゃった」と小さく声をあげた。
「先に行ってて」
「あ……はい」
怪訝に思いながらも追及することができない慧子は、バックヤードに戻る紗恵を静かに見送った。
休憩室の奥にはまだ市川がいる。悲観的な想像をする自分にうんざりしながら、商品整理に取りかかろうと店内を進むと、大きなダンボール箱を乗せた台車を押して歩く村田と目が合った。商品を補充していたのだろう。
「あ、望月さん、ちょっと……」
村田があたりを見回し、近くに誰もいないことを確認すると声をひそめた。
「昨日ね、帰りに雨が降ってて」
「ああ、結構降ってましたね」
「それで土屋さんが歩きだって言うから、市川くんが送っていったんだけど……」
村田は、そこまで話すと言葉に詰まる。だからといって続きを催促するわけにもいかず、みぞおちのあたりに不快な違和感を覚えながら慧子は待った。
「……なんか、ちょっと変な雰囲気に見えたのよ」
「変?」
「ほら、よく山口さんたちが言ってるじゃない。土屋さんが媚び売ってるって」
「はい」
「どうせ嘘だろうと思ってたんだけど、昨日の感じを見たら、ちょっとね。望月さんは土屋さんと仲いいから、さりげなく様子を見てくれないかな」
その言葉が休憩室での彼らの会話とリンクして、心をえぐられた。どうやら村田には内に秘めた正義感があるらしい。時にそれが、誰かに対して悪意と同等の効果を発揮するとも知らずに。