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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥

 エンジンが唸った直後、車内には音楽が流れはじめた。「ああ、ごめん」と言った市川は音量を下げ、車をゆっくりと発進させる。ヘッドライトに照らされる暗い駐車場を抜け、道路に出た。
 自宅の場所を簡単に説明したあと、慧子の耳はひかえめに流れるその曲に集中した。初めて聴くのにどこか懐かしさがあり、と同時に都会的な疾走感も備わっていて、それが新鮮さを際立たせている。よく聴くと英語の歌詞だ。海外アーティストだろうか。もっと大きな音量で聴きたいと思った。

「あの、この曲……」

 思い切って呟くと、ステアリングを握る市川が「ん」と答えた。

「ちょっと、いいなあって」
「気に入ったの?」
「はい」

 市川は返事の意図を理解したようで音量を戻してくれた。臨場感が増し、高揚感も大きくなる。

「なんか、ちょっと古い感じがするんだけど、それがかえっておしゃれで、かっこいいです」
「へえ。いちいち気が合うな」

 その優しい言葉は、臆病な心を勘違いさせる。

「十年くらい前のアルバムなんだけど、耳触りがいいからずっと聴いてる」

 市川の声色は、あの峠の駐車場で慧子の車を見たときのように愉快げだ。つられて慧子も声を弾ませる。

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