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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥

◇◇◇

 紗恵が水嶋義巳(みずしまよしみ)を訪ねることにしたのは、表(おもて)の仕事中に顔を見せにきたことを咎めるためではない。彼にしか頼めないことがあったからだ。
 ステアリングを握りしめて苦手な峠道を走り抜け、五つ目の駐車場に車を停めた。懐中電灯を手に砂利の地面に降り立ち、山の上に続く小道の暗闇に灯りを向けながら五分ほど歩くと、やがて道を取り囲んでいた木々はなくなり、ひらけた場所に出た。
 そこに構える巨大な建物。組織の研究所――ここはその支部である。

「お前が僕に頼み事なんて、明日は大雪かな」

 足音とともに近づいてきた声のほうへ懐中電灯を向けると、白衣を着た長身の男がまぶしげに目を細めて佇んでいた。紗恵は灯りを下に向けて歩み寄る。

「この土地では滅多に降らないそうよ」
「へえ。どうでもいい情報を仕入れることも、お前の仕事だったのかい」

 暗がりに浮かび上がるその顔に不敵な笑みを浮かべた義巳は、白衣の裾をひるがえして正面入り口に向かい、自動ドアを抜けて奥に進む。温度を感じさせない薄暗いエントランスはいつ見ても不気味だ。その中を行く白い後ろ姿は、もっと不気味だが。

「どうしてあんな目立つ格好で出歩いてたのよ」
「あの赤いネクタイが気に入ってね」
「この町ではかえって馬鹿みたいに見えるわ」

 その背中に向かって皮肉を投げると、静かな笑いが返された。

「仕方ないさ。僕は僕でしかないんだから。そういうお前はここに馴染みすぎていないか。あんな地味な格好をして、町の住人と同じ仕事をするなんて」
「うまく溶け込もうとしているのよ」
「うまくいっているようには見えなかったがね」

 紗恵が黙り込むと、前にいる義巳がふと立ち止まった。ゆっくりと振り返り、かすかな笑みを浮かべて見下ろしてくる。

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