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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥
「怖い顔だ」
「もう二度とお店に来ないで」
「それはできないな。次のターゲットが見つかったんでね」
義巳が白衣のポケットからなにかの容器を取り出し、わざとらしく振ってみせた。中で液体が揺れる。目薬だ。
「……あの子はだめよ。純粋すぎる」
「なにを言っているんだ。純粋だからこそ適任なんじゃないか」
「とにかくだめなの!」
広いエントランスに紗恵の高い声が響き渡った。義巳は一瞬目を見開いたが、すぐにふだんの柔和な表情に戻る。
「明日は大嵐だな」
それだけ言うと、再びこちらに背を向けて歩きだす。
「約束しなさいよ。もうあの子に構わないって」
「それより、頼み事って?」
「先に約束して」
「お前、自分の立場をわかっているのか。頼み事をしにきたうえに命令とは……世間知らずにもほどがある」
「義巳!」
強く名前を呼ぶと、深いため息が聞こえた。うんざりしているのだろうと思ったが、振り向いたその顔は哀しげな微笑をたたえていた。
「お前は人間を見る目がなさすぎる。だから毎回ひどい目に遭うんだろう」
「……っ」
「もっと賢く生きろ」
低くなった声と威厳に満ちた空気に圧倒され、紗恵は唇を噛んで押し黙る。口元をかすかに緩めた義巳は、優雅な身のこなしで通路の奥に進んでいった。
何人かの見知らぬ職員とすれ違いながら研究棟を通り過ぎ、エレベーターで最上階の五階に上がった。ひとけのないフロアの一番奥の部屋に辿り着くと、義巳が重厚な扉を開けて待つ。
物腰だけは紳士的な男に鋭い視線を送り、紗恵は中に足を踏み入れた。