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あの星に届かなくても
第5章 走りだした焦燥
濃褐色を基調としたブリティッシュ風のインテリアでまとめられたこの広い空間は、研究所職員であると同時に責任者でもある義巳に与えられた自室だ。
「好きなところに座ってくれ」
扉を閉めながら、義巳が言った。
紗恵は、くすんだ赤色の絨毯の上を歩いて火のついていない暖炉に歩み寄り、脇に置かれている一人掛けのアンティークソファに腰かけた。
あきらかに警戒心を剥き出しにするさまを嘲笑うように、そばにある三人掛けソファに腰を下ろした義巳は、長い脚を組んで背もたれに身体を預ける。
「で、用件はなんだ」
「脳内チップの言語認識レベルを上げてほしいの。あなたの許可が下りないとできないんでしょ」
そう言って真剣な眼差しを向ければ、片眉を上げた義巳は乾いた笑みを返してきた。
「なんのために? 今のままで充分だろう。三十代の日本人女性の平均的なレベルには達しているはずだ」
「次に会うターゲットはどうやら頭のいい人間なのよ」
「例のくだらんアプリで見つけた男か」
「映画とか小説とか、とにかくまともな話しかしないの。言葉を知らない馬鹿な女だと思われて、目的を果たせなかったら困るでしょ」
「理知的な女だと思われるのが、お前の目的なのかい」
「…………」
「それに、ジョークのひとつも言えない男はろくなものじゃないぞ」
「身体が丈夫で精力旺盛な男を片っ端から狙えと言ったのはあなたよ」
「違う、父だ。僕はそんな低俗なやり方は好まない」
義巳は荒々しい語気で言い放つと、深く息を吐き出した。
「お前をあんな退屈な店に雇わせるよう仕向けるとは……余計なことをしてくれる」
「あなたも入れてもらえば?」
「はっ、冗談はやめてくれ」
吐き捨て、すっと立ち上がると、白衣を脱ぎソファに放る。ワイシャツのボタンを外しながら、義巳は物憂げな視線をよこした。