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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

 ***

 不本意で不穏な旅が始まる、予定時間の五時。

 外回りがあった怜二さんは、直帰扱いで直接東京駅へ向かい、由奈さんは常務のお使いをすませてから、そのまま東京駅へ。
 そして日中のほとんどを専務室で過ごしていたわたし達は、二十分前に出たのだが、巽は専務特権を施行して、会社のお抱え運転手さんに東京駅まで送って貰うことを強行した。

 よく磨かれた黒塗りベンツに乗るだけで萎縮してしまうわたしと違い、貫禄ある風情で座る巽は堂々としていて、本当にこんな男と一つ屋根の下で暮らしていたのかと疑わしく思ってしまう。

「今日は金曜日なので、さすがに車も多いですねぇ。裏道通ります」

 帰宅ラッシュが始まる前とはいえ、大通りを行き交う車の数が増えて、中々前に進まなくなってくると、東京の道をよく知る運転手さんが、小道や裏道を積極的に選んで走行してくれた。

「一見遠回りに思えますが、五時前に到着すると思いますよ」
「本当にありがとうございます。運転手さんのおかげで間に合いそうです」

 巽は窓の下に肘を置いて頬杖をつきながら、身体を捻るようにして窓の外を見ていて、運転手さんの機転などどこ吹く風。
わたしは身を乗り出して、巽の代わりにぺこぺこと頭を下げていると、不意に巽の片手が伸びてきて、わたしの腰に絡まり、巽の方に引き寄せられた。

 その手は外そうとしても外れず、彼の手の甲を抓って捻って抗議の意を示すと、巽の手は、わたしの手の甲を覆うようにして動きを制すると共に、わたしの指の間に彼の指を滑り込ませてきて、きゅっと握ってくる。
 
 昨夜の睦み合いを彷彿させるような触れあいに、ぞくりとしたわたしは、息を詰まらせた。

 どういう意味が込められているのかと巽を見たが、彼の顔は窓に向いたままだ。

 しかし窓硝子に映った巽の顔が濃く見えた時、その目はじっとわたしを見つめていることに気づくと、丸裸にされて視姦されているような倒錯めいた気分に、昨夜の余韻を残したわたしの身体は熱を上げていく。
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