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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

「それに、お前あいつの前で猫かぶってるだろう。本当のお前はちゃんと意見を言えて、ぼんぼん言い返してくる奴なのに、あいつの前ではなに淑やかな演技をしているんだよ。気持ち悪いぞ、いいたいことを我慢している……まるで十年前のお前みたいで」

 十年前、言いたいことがあるのに言えなかったのは、巽への恋心だ。

 彼にとっては、気持ち悪いものだったのか。
 やはり、同じ屋根の下に住まう義姉からの懸想は。

「好きなら素でいけよ、身も心も偽るなよ。それで嫌う男なら、お前からフッてしまえ!」

 そう思ったら悲しくて、ほろりと涙が零れてしまえば、巽はぎょっとしたようだ。

「ちょ、待て。なんで泣く!? 俺、そこまで酷いことを言ったか!?」
「……熱海をキャンセルするか、ラブローションを返すか、どちらかに」
「はあ!? どちらも却下に決まっている」
「専務!!」

「盲目な部下のために、熱海でケリをつけてやる。それがレッスンだ」

 艶やかな流し目に、ぞくりとしてしまう。
 彼のあの目に、あの唇に、あの舌に、じっくりとかき乱された部分が熱い。

「俺はあいつに、絶対お前を抱かせはしない。なにがあっても阻止してやる」 
 
 それが本心なのだと言わんばかりに、巽はぎらついた目を遠くに見据えた。

 ねぇ、どうして阻止したいの?

 それを聞けないわたしの心の叫びは、宙に消えた。
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