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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

「じゃーん。私が早く着いたので、切符を四枚買っておきました!」
揚々とした由奈さんが、熱海行きの列車に乗るための切符を、四枚見せた。
「三嶋は案だけで、切符は俺が買ったんだろう? 窓口に向かう二歩目ですっころんだの誰だ?」
「あははは。それは言っちゃ駄目よ、広瀬くん」
いつも通り仲がいいふたり。
……そう、いつもこんなにふたりは仲がよかったということを、わたしはほんの少しも疑うこともせず、微笑ましく思っていたのだ。
「ということで、広瀬くんが切符を、私はすぐそこにある駅弁とお茶を買っておきました」
「お茶は俺が買いにいったじゃないか」
「広瀬くん、うるさい~」
いつもの会話なのに、なぜ今はこんなにも空々しく聞こえるのだろう。
ふたりに向けるわたしの笑顔も、引き攣っているような気がする。
「由奈は広瀬さんと仲良しですね」
笑う巽は冷ややかな仮面を被っている。
由奈さんと怜二さんを疑っているのだろう。
「違うわよ、巽くん。私が仲良しなのは、大好きな杏咲ちゃんとだものねー!」
「そ、そうですよねー」
由奈さんはわたしの腕にしがみついてくるが、いつもの応対が出来ずに、顔が強張ってしまっていた。
「えへへへ、杏咲ちゃん大好き~!」
白くすべすべしていそうな肌、控え目だけれど整然と並べられた顔の造作といい、落ち着いた怜二さんと同じ三十一歳には見えず、由奈さんはわたしから見てもとても可愛くて可憐だと思う。
清楚なお嬢様風美女である由奈さんは、かなりの天然であわてんぼうのドジっ子で、昔からそれが男の目を引くためにわざとしているだろうと言われて、同性から虐められてきたそうだ。

