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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実


 熱海駅からタクシーで向かった熱海のホテルは、保養所と言うには大きすぎて、CMでもよくみかける高級旅館として有名なところだった。
 熱海港の海上に浮かんでいるような、リゾート的な大きな白亜のホテルだったが、問題はすぐ起こった。
 
 予約していた部屋が二名二室ではなく、一室になっていたらしい。
 男女が二組を見て、着物姿の女性スタッフが狼狽して、コンピューターで予約状況を照会する。

「生憎、一般室も隣の特別室も満室でございまして、増築したばかりの四名様用のスイートなら空いておりますが。中に仕切り戸がございまして、それを挟んで二組の布団と二台のベッドをご使用になることが出来るのですが……」

 わたし達が顔を見合わせていた時、支配人らしき男性が大慌てで現われ、深々と頭を下げて謝罪する。

「専務、申し訳ありません。お代は要りませんので、スイートにお泊まりにはなれませんでしょうか。誠心誠意のサービスをさせて頂きますので!」

 スポンサーの専務だ。機嫌を損ねてしまえば、ホテルの面目も立たない。
 支配人から数人の着物姿のスタッフから、一列に並んで頭を下げる。

「ねぇ、巽くん。グレードアップして無料なんだし、いいんじゃない? どうかな、杏咲ちゃん、広瀬くん」

 由奈さんは巽の腕を引いてから、わたし達に尋ねる。
 怜二さんは困った顔をして、ちらちらとわたしを見ている。

「いいんじゃないかしら。スイートで皆で泊まれるって素敵だと思います」
「そうよね、杏咲ちゃん!」

 賛同した女二人に、男性陣は逆らうことなく、四人ひと部屋のスイートに宿泊することになった。

 わたしは思ったのだ。
 壁ではない、ただの戸で仕切られているだけなら、誰もセックスをすることはないだろうと。

 誰かと誰かとが愛し合う行為であるセックスが、今のわたしには辛いものでしかなかったから――。
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