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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

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このホテルは著名人がお忍びで利用するらしく、国内外特に上流界の家族に対する貴賓室をスイートと称しているそうで、特別室の格上となるより広い部屋として、先月に開放したばかりだという。
スイートは定番の最上階かと思いきや、内部の渡り廊下を抜けた特別棟にあるということで、四・五階くらいの低めの建物であるから余計に、二面に渡る窓が映し出す熱海港や熱海湾は迫力に満ちて見え、まだ日が落ちるのが遅い夏であるため、七時前の時刻でも煌びやかな茫々とした海を望める。
窓の奥にはウッドデッキがあり、左右にふたつずつ並んだビーチチェアに寝そべりながら潮風にあたることが出来るようで、東京近場でありながらさながら南国リゾートだ。
このスイートは階段で一階と二階に分かれているメゾネットタイプのもので、ベージュにワイン色を基調とした荘厳な趣ある一階は、海を見ながらのリビングや円卓に四つの椅子が置かれた応接スペースが続いており、合わせて二十畳はあるそのくつろぎ空間を見下ろせる二階は、十二畳ほどの和室とベッドがある洋室が続いている。
仕切り戸は、曇りガラスで出来た障子と言っても差し支えないだろう、元々は開放してつかう二間のパーテーションとしての機能しかついておらず、ぼんやりと隣の影が見えて、笑い声くらいなら聞こえてしまう。
「うー、なんか素敵なお部屋よね、杏咲ちゃん。ちょっとあっち行ってみよう?」
「そ、そうですね」
部屋に入るなり、由奈さんはわたしの手を掴んできゃっきゃとはしゃぐ。
残された男性陣がぽつんと立っているのを見ると、複雑な心境だ。
彼女は本当は、誰と悦びを分かち合いたかったのだろう。
それはきっと、同性で邪魔者のわたしではないと思うけれど、こうしてわたしに向ける笑顔が歪んでみえないのは、わたしにまだ彼女を信じたい気持ちがあるからなのかもしれない。

