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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

そんな時、仲居さんがふたり再度訪れ、二組の女物の浴衣セットが入った紙袋を差し出しながら、にこやかな笑顔で言った。
「あと十五分ほどで、花火大会が始まります。夏の風物詩とも言えるこの花火大会はとても有名で、当ホテルの利用客以外にも、さまざまな人達が集まる大規模なものです。当ホテル本館の中庭から会場である海に抜けれますので、花火を見られる場合は、五分前には移動なさっていて下さいませ」
仲居さんはわたしと由奈さんに尋ねる。
「浴衣の着付け、わたしくし共がお手伝い致しましょうか?」
由奈さんは自信がないようで、わたしも着付けが出来るとは言いがたい。
そこで二階の和室を使って、ふたりの仲居さんに手伝って貰うことにしたが、紙袋から出てきた浴衣は、白地にピンクと紫の淡い大輪の薔薇浴衣と紫の帯。
そしてもうひとつは――紺地に赤い牡丹に赤い帯だった。
十年前に巽に抱かれた、あの時にわたしが着ていたのと似た浴衣が現われ、わたしの心臓はけたたましく早鐘を打ち、身体は硬直してしまったように動かない。
同じわけではないが、よく似ている。似すぎている。
どうして、数多ある浴衣から、この浴衣が選ばれたのだろうか。
「うわあ、素敵だわ」
由奈さんは目を輝かせて、紺地に赤い牡丹の浴衣を手にした。
「こちらは、ご予約の際に指定なされていたもので、落ち着いた浴衣ですよね。今回私共の不手際のせいで女性が増えたということで、一番人気の柄もお持ち致しました」
予約をしたのは巽だ。なぜ巽は、この浴衣の柄を指定したの?
訊きたくても巽は、一階にいる。

