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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

 それから、巽の目とわたしの目は重なることはなかった。
 それぞれの相手を隣にして花火会場に出る。

 後ろを歩いていたわたし達だったが、怜二さんがわたしの手を握ってきた。

「手、繋ぎたい」

 そう微笑む顔は前と変わらず、これで最後だと思うと、心が痛む。

 彼の心には、わたしが本当に映っていたのだろうか。
 それとも、わたしは由奈さんの代理だったのだろうか。

「もう、繋いでいますよ」
「はは。……杏咲、可愛すぎてどこかで食べちゃいたい」

 その熱っぽい目と熱っぽい声は、本当は由奈さんに向かわれているのだろうか。

 優しいと思った手に触れるのも最後だと思えば、この温もりが離れがたい気がする。

 もしも彼が由奈さんと浮気していないのだとわたしが断言出来たのなら、わたしは別れたいと思わなかった。
 違うと思いながらも、その可能性を許容してしまった時点で、すでに怜二さんとは終わってしまったのだと思う。
 ……そう思うのが、寂しくて仕方がなかった。

 海辺にはシートが敷かれていて、たくさんのひとで溢れ返っていた。
 どうして日本人は、花火好きなのかわからないけれど、東京だろうが熱海だろうがひとの多さと混雑具合はさしたる違いはない気がする。

 後ろ側には露店も出ていて、賑わっている。
 ビニールシートに座ろうと、由奈さんと怜二さんが人波に埋もれた時だった。

「俺、ビール買ってきます。先に座っていて下さい」

 巽が突然そう言って、わたしの手を引いてシートから遠ざかるようにして走り出したのは。
 
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