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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実
 
 由奈さんと怜二さんの姿は、すぐさま人波が覆い隠した。
 全員分のビールを買ってもあの席には戻れないし、携帯連絡してもあの喧噪の中で会話が通じるかわからない。その上で花火が打ち上がる音と、歓声が混ざるのだ。

「ビール、どうやって渡すんですか!?」
「いらねぇよ。俺ひとつで十分」

 そう言うと、ひとつ分だけ缶ビールを買っている。
 わたしは集団行動を乱して巽といることに、はらはらして背伸びをしながら後ろを見ていると、ポンと横から肩を叩かれた。

「彼女、どうしたの、ひとり?」
「俺達と一緒に花火見ない?」

 ……人生初のナンパだった。
 相手は三人。若いチャラチャラしている男達であろうとも、この年にしてまだ浴衣でもいけるのかと、少しばかりじーんと感動していると、彼らはわたしを取り囲むようにして言う。

「あのさ、あっちに静かでよく花火が見えるところがあるんだ」
「そこに行こうよ、おネーサン」

 腕を掴まれて、引き摺られて連れて行かれそうになる。
 これは、人生初の拉致!?

「なにしてる?」

 怯えた時に聞こえたのは、ビールを手にした巽だった。
 
「今、俺達は可愛い彼女とデートなんだよ。おじさんは引っ込んでな」
「あはははは。俺でおじさんなら、俺より年上のそいつはおばさんだよな」
「……おばさん!?」

 ……なにも年を持ち出さなくてもいいじゃない。

「おばさんでもいいのなら、連れていけば? 俺を倒せたら、だけど」
「ふざけんな、じじいに俺達が負けるわけないだろうが」

 眉毛がないチンピラ風情の若者が拳を突き出したが、巽はビールを持ったまま、ひらりと躱す。無様に転んでしまった若者を庇うように、別の男が猛然と巽の腹にパンチを食らわせようとしたが、巽は身体を捻ってそれを避けると、草履を履いた長い足で浴衣の裾を乱しながら、やけに色っぽい蹴りを見せた。
 その男の尻を蹴り飛ばして、わたしの隣にいる男にぶつけると、ふたりは縺れるようにして倒れる。
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