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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

「危ないっ!」

 そして最初の男が背を向けている巽に向けて走ってくると、巽は声を上げるわたしに動じた様子はなく、振り返らずして素早く足を動かして男の足を払う。すると、そのまま男は宙を泳ぐようにしてふたりの男の上に重なった。

 鮮やかに思えるくらい最低限の動きで勝利した巽は、一番上の男の背中を片足で踏みつけながら言う。

「これ以上このひとに手を出したら、三人とも海に沈めてやるが?」

 巽の威嚇が利いたらしく、三人は途中転びながらよたよたと走り去る。
 巽は専務として貫禄があるからかなり年上に思われたのだろうけれど、両手を使わずこの強さは驚いた。
 それを素直に褒めると、巽は顔を顰めて怒鳴る。

「お前、簡単にナンパされてるんじゃねぇよ! どうせ人生初のナンパに、その年でもまだいけるとか喜んで、油断していたんだろうが」

 ……見透かされている。

「うるさいな、おじさん。やけに喧嘩強いけど、いつ修羅場潜ったのかしら。おばさん、あんたがそんな不良だったなんて、知らなかったわあ」

 だからわざとそう言うと、巽は微妙な顔をして言った。

「高校」
「え?」
「荒れていた俺を、プロダクションの社長がモデルとして助けてくれた。いいだろう、もうこれ以上は」

 まさか本当に不良になっていたことも、それを教えて貰えるとも思っていなかった。

「……荒れていたの?」
「ああ。なぜかなんて野暮なことを訊くなよ」

 巽も、親の離婚で会えなくなってしまったことに、寂しいとか、悲しいとか、思ってくれたのだろうか。

 巽は密集地帯から抜けて、ごつごつとした岩が連なる場所に連れて来た。

「ここが穴場だって。予約した時に、電話で聞いたんだ」

 巽は小気味いい音をたててプルタブを引き、缶ビールを呷った後に言った。
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