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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

「杏咲。言え」

 切迫感を強めた巽の端正な顔が、ちかちかと花火を反射して光る。
 巽の顔があまりにも真剣で、言い逃れを出来そうな雰囲気ではないとわたしは悟る。

 手紙を書いて、来ないわたしをずっと待っていた巽。
 わたしが引き千切ったと思っていたアムネシア。

 知らなかったとはいえ、せめて彼の苦悩に報いたいと思った。

「花火大会が終わったら、忘れてくれる?」
「……わかった」

 わたしはこくりと頷いて、奥底に秘めていた真情を震えながら吐露する。

「巽が中学に入った時、巽を男として意識したの。巽が香水の匂いをつけて朝帰りするのが嫌だった。無視されているのが辛かった。これが恋なんだとわかって、姉が弟を好きだとばれたら友達のように気持ち悪いと思われるから、だから隠そうとして……彼氏を作った。キスをしているのを見られても巽の反応がないから、巽の注意を向けたくてわざとキスをせがんだ。……無駄だったけど」

 巽は驚いた顔をして、わたしを見て呟く。

「お前、好きだからあの男と付き合ったんじゃねぇのか?」
「巽の面影があったの。巽に似ているように思ったから、付き合おうと言われて頷いた」
「……っ」
「だから十年前の花火大会の日、抱かれるつもりだった。巽の影があるのなら抱かれることが出来ると、それで巽を諦められると、思ったから」

 ぽろぽろと頬を伝って落ちる涙を、巽の指が拭う。

「だから十年前、たとえ巽の性衝動であっても、わたしの初めてが巽だったということが嬉しいと思った。これでようやくわたしが女だとわかって貰える。初恋のひとに抱いて貰えるのなら、と……」
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