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アムネシアは蜜愛に花開く
第4章 Ⅲ 突然の熱海と拗れる現実

巽は上体を起こし、嗚咽を漏らして泣きじゃくるわたしを、彼の胸に押しつける。
ふわりとアムネシアの匂いが香りだつ。
「馬鹿みたいだ」
巽が掠れた声で呟いた。
「お前に気持ち悪がられると思ったから、あんなに苦しくて辛くてたまらなかったのに。いつから、すれ違ってしまったんだよ、俺達」
わたしの頭上に巽が頬を擦りつけた。
「お前も俺と同じだったのに、どうして俺なにも気づかず、あんな抱き方をしちまったんだ」
僅かに涙が滲んだその声は、花火と歓声に消える。
「お前の初めてを、お前の覚悟を、どうしてあんな風に壊し尽くしたんだろう、俺は」
それは後悔に満ちた声音で、彼の中で十年前のセックスがわだかまりになっていることを改めて知る。
「でも、巽に抱かれたことは後悔していないよ。嬉しかったの、いつも遠かった巽が、わたしと目を合わせてくれたのだから。ひとつになれたのが嬉しくて、幸せだと思ったの、わたしは」
わたしは巽の背中に手を回して、泣いた。
「わたしも、好きだったよ、巽。好きでたまらなかった」
心の中にあった熱いものが、初めて言葉として外に吐き出される。
わたしの中で、朽ちることなかった巽への想いと共に。
その時、連続して音が鳴り、花火大会が終わったことを知らせた。
……もう、終わりだ。
これでいい。過去のこともこれで思い出にしていける。
巽と心が重なったのなら、思い残すことはない。
「花火は終わったわ。離して」
「嫌だ」
「巽、約束が……っ」
「そんなの知らねぇよ。なぁ、アズ。どうして過去系? 今は?」
巽は身体を少し離すと、わたしの目をまっすぐに覗き込む。
「今もお前、俺に溺れてくれねぇの? 俺は、現在進行形でこんなに好きなのに、過去の男にするなよ」

