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アムネシアは蜜愛に花開く
第5章 Ⅳ 歪んだ溺恋と束の間の幸せ

「俺にもわからないことを、杏咲がわかると思うか!? どんな理由であれ、お前がとった行動は杏咲への裏切りだ。俺が杏咲にキスをしてお前が怒った……あれ以上の怒りを、どうして杏咲が持たないと思えるんだ。俺を詰ったお前のように、杏咲が由奈に怒りをぶつけて、セックスをしていたお前は無罪放免になるとでも!?」
「黙っていろよ、お前は! 杏咲と恋人なのは俺だ。杏咲から愛されているのも、杏咲を愛しているのもこの俺だけだっ!」
「……違うわ、由奈の方が……」

 ああ、蝉が騒いでカオスになっている。

 じりじり、じりじり。

 あの日の夏は、まだ続いている。
 否、もう終わらせないといけない――。

 頭を抱える巽を横目にしながら、わたしは深呼吸をひとつして、怜二さんに向き直った。

「……杏咲、俺が悪かった。きみが好きなんだ。好きで、好きで……」

 怜二さんの愛情がねじくれて拗れてしまったのは、わたしのせい。

「ごめんなさい。わたしは昔から巽が好きで、忘れることが出来ずにいました。わたしは今でも巽が好きです。怜二さんより由奈さんより」

 わたしの中の怜二さんと由奈さんとの思い出が、蝉の羽のように震える。

 じりじり、じりじり。

 わたしも、あの煩わしい声を放つ蝉になる。

「わたしは怜二さんを裏切りました。だからどうか……わたしを憎んで下さい。憎んで、怜二さんのことを愛し、怜二さんが愛せる女性を見つけて下さい」

 せめて、この冷酷な女にすべての禍根を向けて欲しい。
 それを罰として、わたしは生きるから。

「杏咲!!」

 自惚れていいのなら、怜二さんは本当にわたしを好きでいてくれたのだろう。彼もまた、彼との恋に溺れきれなかったわたしに不満を抱き、由奈さんを代用にして恋情を歪ませた。

 きっと怜二さんにとって、由奈さんの方が彼の劣情の理解者だ。
 怜二さんのすべてを、由奈さんの方が知っている。
 ……わたしではなく。

「……アズ、出るぞ。荷物を持て」
「うん……」

「杏咲、行くな!」
「杏咲ちゃん、ねぇ杏咲ちゃん!!」

「ごめんなさい。もう無理です」

 手にしたバッグの中から、怜二さんから貰った指輪を箱ごと置いた。
 これを受けようか、本当に悩んだ時があったことを思えば、少し手は震えたけれど。

「今までありがとうございました。これはお返しします」
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