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アムネシアは蜜愛に花開く
第5章 Ⅳ 歪んだ溺恋と束の間の幸せ

「……あのさ、ひとつ聞きたいんだけれど」

 巽が真剣な顔をして訊いてくるから、わたしは首を傾げる。

「指輪、持ち歩くほど……広瀬が好きだったのか?」

 不安そうな顔は、悲痛さをも滲ませていた。

「やっぱり、広瀬の指輪を嵌めたかった?」

 だからわたしは笑う。

「……ううん、返すつもりだった。……怜二さんより巽の方を好きだと気づいたから、今日怜二さんの家に行って返して別れようとしたの」
「……だけどお前、ローションを欲していたじゃねぇか」
「早く始末したかったの。わたしにとっては痛い思い出のものだから」

 巽はわたしの腕を掴む。
 ぎゅっと、まるで縋っているかのように。

「別れて……どうするんだ? ようやく、俺の女になってくれるの?」

 黒い瞳が揺れ、その声は震撼していた。
 
「そう簡単に、あっちが駄目ならこっちとはできないよ」
「なんでそんなに頭固いんだよ。もういいだろう、もう十分俺達は苦しんできたんだ。お前を離したくない」

 その真剣さがわたしにも伝わってきて、不覚にもこの状況できゅんと心が跳ねてしまうけれど。

「……巽のところに行けたらいいなとは思う。思うけどすぐは駄目。時間が欲しい」
「……どれくらい?」
「三十年」
「ふざけんな! 還暦間際じゃねぇか」

 冗談だったのに、腫れぼったい頬を抓られた。

「だったら、来年」
「無理。俺、死ぬわ」
「あんたの方が年下なのに死ぬわけないでしょう」
「死ぬ。俺、お前に殺されそうだから、生きるために俺が指定する。来週から付き合おう」
「そんな数日なら無意味でしょうが」
「だったら……」

 巽はふて腐れたように言う。

「口紅が完成したら。お前を抱かせてよ、付き合ったその日に」
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