この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く

そんなある日――。
「杏咲?」
背後から聞こえた声に、受付嬢が揃って頭を下げる。
どきん、とした。
「俺に会いに、きてくれたのか?」
――怜二さんだった。
切なげに、しかしどこか期待を待ち望んで揺れる瞳。
ここはわたしにとって、警戒すべき領域だった。
怜二さん達に邂逅する可能性を考えていなかったわけではなかったが、それでも今まで会わずにいたから、もう会うことはないと、なぜ軽視して周囲に注意を払わなかったのか。
「杏咲、俺に会いにきてくれたんだよな」
感極まったようなその声に、震えるのは過去のわたし。
今のわたしは、怜二さんを突き放すしか出来ない。
「違います。社長に会いに来ました」
翳る怜二さんの顔が、寂しげな色に覆われる。
痩せたね。
顔色が悪いね。
声をかけられず、元気にさせることも出来ないわたしは、極力目を合わさないようにして、頭を下げた。
「それでは」
しかし背を見せるわたしの腕を、怜二さんはぐっと掴む。
そして受付嬢の奇異なる視線を浴び、そのまま柱の影に連れられて。
力を入れられて振りほどけなかったわたしは、引き摺られた。
「杏咲。やり直そう」
彼の熱く、切実な目を受けた。
「あんな賭けを待つまでもなく、きみが欲しい。……きみが好きなんだ」
かつで何度も聞いた、甘い声音は怯えているかのように震えている。
ルミナスの中心に居た人気者は、今は孤独な翳りを帯びて。
「杏咲。戻って来て。俺のものになって」
振り絞るような、悲哀に満ちた声音。
それなのに握られた手は、骨が砕けそうなほど強い。
……なにを聞いても、わたしの中にあるのは感傷だけだ。
否応なく巽に向かう心を、悲しく思う。
「もう、三嶋は抱かないから。だから……」
「広瀬さんにとって、セックスってなんですか?」
思わずわたしの口から言葉が出てしまう。
愛の行為と言えない怜二さんは、押し黙る。

