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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く

「わたしもあなたも、過去は変えられない。どうか、あなたを愛するひとを抱いて下さい。心の通わないセックスがどんなに辛いものか、きっとご存知でしょうから」

 怜二さんの目が悲痛さに細められた。

「杏咲。頼む。俺に線を引かないでくれ。きみを離したくないんだ」
「ごめんなさい」
「杏咲、拒むな」
「ごめんなさい」
「拒むなって言ってるだろう!?」

 その大声に、わたしは頬を叩かれたことを思い出してびくりとする。
 わたしの目に浮かんだ恐怖に気づいたらしい怜二さんは、はっとする。

「ご、ごめ……」
「……失礼します」
 
 非情な女は、縋り付く怜二さんの手を力一杯払って、ビルから出る。

 今にも破裂しそうな鈍色の空の元、車へと向かうわたしの目からは、どしゃぶりのような涙が止まらない。

 怜二さんには、愛されることに悦びを知った。
 それが今、こんなにも辛い。

 巽。
 巽。

 巽に抱かれれば、怜二さんの影を振り切ることが出来るのだろうか。
 しかしそんなセックスは、怜二さんと由奈さんとのセックスと同じではないか。

 社に戻っても、専務室に巽の姿はなかった。
 当然の忙しさとは思えども、落胆してしまう。

 巽に会いたかった。
 巽にぎゅっとして貰いたかった。

 わたしは椅子に放られている、巽の背広を手に取る。
 その大きな背広を羽織り、自分自身を抱きしめた。

 巽の香りに包まれながら、巽に抱きしめられているような気がして、わたしは……少しだけ、微笑んだ。
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