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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く

「お疲れ様」
ふたりきりになったのは、何日ぶりだろう。
色々と言いたいことはあった。
恋しくて、巽の背広に何度もお世話になった。
ほとんど皆がいる時の業務連絡くらいしか出来なかったから、こうしてゆっくりと彼の優しい眼差しを受けるのは久々で、顔も体も火照ってしまう。
ああ、やっぱり――わたしは巽が好きなんだ。
そう改めて実感するほど、わたしの心身は悦びに打ち震えている。
「お前を俺だけのものにするために、すげぇ働いた。お前の声、聞きたくてたまらなかったけど、俺達のアムネシアを形にするために、我慢していたよ」
〝俺達のアムネシア〟
胸が切なく疼いてしまう。
「恋い焦がれすぎて、背広にお前の残り香を感じた気になり、ひとり悶えていた。相当に俺、やばいだろ。病院行って薬でも貰ってこようと何度も思ったけど、仕事あれば行けないし」
……疲労感漂う顔で笑う巽を見て、黙っているのが居たたまれなくなる。
「い、いや……やばくないよ。やばいのはわたしの方で」
「え?」
「だ、だからその……、その背広、わたしが失敬していたことがあって。していたことがある、というかほぼ毎日羽織らせて頂いていて」
「……寒かったってこと?」
「そうではなく、その……巽欠乏症に陥って」
巽は言わせる気らしい。
説明しろと目で促され、仕方がなく観念する。
「……巽にぎゅっと、されたくて」
ねぇ。なにか、反応してよ。
しかし巽は、石のように固まっている。
きっと呆れ返っているんだ。言わなきゃわかったと羞恥に真っ赤になるわたしは、話を強制終了することにした。
「た、大変お世話になったのです。以上」
すると巽が怒鳴った。
「以上じゃないよ、お前っ! ひとをオカズのようにして、朝っぱらからなに煽るんだよ。我慢に我慢を重ねてきた俺を、暴走させたいのか!?」
……わたし以上に巽の方が真っ赤だった。

