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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く
「な、なななっ、やだ、わたし嫌です!」

 それでなくても徹夜明けだ。
 化粧が崩れきって毛穴が開いているところに、麗しの王子様が隣の写真を全国的に広められたら、外を歩けない。

 せめて血が繋がっていればよかったのに、わたしはあまりに平凡だ。
 それなのに、巽が笑いながらわたしを肩に担いで、噴水まで歩いていく。

「やだやだ、絶対やだったら!」
「溺恋が告知されねぇぞ? 広告が出来るか否かはあのひとの意向ひとつだ。だからぎりぎりなんだよ、否と言わせねぇように。最初から仕組まれていたんだ」

 社長はわたしに向かって、ひらひらと手を振っている。

「巽ひとりでいいじゃない!」
「化粧品に男ひとりは意味ねぇだろ。大丈夫だ、お前の顔は出さねぇから」
「ボロボロなんだって。せめてハイドベア持ってくればよかった、もう嫌だあ」
「大丈夫だって。お前はそのままで可愛いから」
「嘘つき!!」

 巽はめそめそとするわたしの頭を撫でて下ろすと、社長に手を振った。
 場に音楽が流れる。

 社長が叫ぶ。

「本物は超絶美形の音楽家の作曲だから期待しろよ。イケメンだぞ~」
「うるさいよ、そんな情報はいらねぇから」

 音楽を足でリズムを取りながら、なぜか巽が怒る。

「アズはそのまま、噴水の前で座っていて」

 彼はネクタイを取り、背広を片手で肩にかけると、遠く離れたところから颯爽とやってくる。

 空気が変わった――。

 気取ったモデル歩きに吹き出してしまったらどうしようなどと考えていたわたしだったが、巽がどんな歩き方をしているのかわからないほど、巽に惹き込まれた。

 ネクタイをとってボタンをひとつ開けるだけで、頽廃的で野性味溢れる魅力を作りだし、挑むような眼差しと貫禄ある姿は圧巻だ。
 圧倒的に場を制して、空気を自分のものに変えていく。

 これが、モデルとしての巽なのか。
 わたしの知らなかった空白の過去に、巽はこうやって他の女性を魅了させたのか。
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