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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く

彼は真っ赤な顔で固まっているわたしに、片手でサンプルの溺恋を取り出すと、額をつけるような近さで、上から覆い被さるようにしてわたしの唇に口紅を塗り、ふっと顔を綻ばせた。
「なんて顔してるんだよ、お前」
その顔は巽なのに、わたしの全身が緊張している。
「だ、誰のせい……」
「なに、俺にまた惚れたわけ? 何度目だよ」
「く~っ」
言い返せずに唸るわたしを、上から覗き込む巽の目は甘かった。
「俺は、毎日お前に恋してる」
その甘い眼差しが、一瞬のうちにしてぎらついた肉食獣の双眸となり、噛みつくように唇を奪われる。
わたしの細胞のすべてが彼に食べられてしまいたいと願うほど、彼のすべてに囚われたわたしは、やがて彼の胸に顔を押しつけられるようにして抱きしめられる。
けたたましく脈打つ心臓が鎮まらない。
巽に魅入られた者の行く末は、こんなにも力を失い、頭の中は巽一緒に染まってしまうのだろうか。
「はい、カット!!」
その声で我に返る。
顔を赤らめる女性スタッフと、にやにやする男性スタッフ……その中で一番は社長なのだが、その視線を浴びたわたしは沸騰して、巽に当たった。
「ちょっと、どうするのよ、あんなもの流れたら!」
「全国的に、お前が俺の女だって証明になるな」
わたしは巽を無視して、社長に頭を下げる。
「社長、是非とも撮り直しを……」
「却下。これでいく。派手にやってやるからな?」
「社長、いやあああ!!」
わたしの絶叫は誰にも届かず、せめて編集でわたしの顔を修正して貰えるようにと土下座をして頼み込んでいたら、時間切れを告げる巽に拉致られるようにして、発表が行われる都心のホテルに向かう。
「日本全国の女性がわたしの敵になる。今夜、刺される、うう……」
「ほら、泣くなって。アズ」
願わくば、デジタル加工担当者が腕がいいひとでありますよう。
わたしを巽に似合うような修正美人にして下さい。

