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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く
 
 動揺するわたしの手を、香代子はがっしりと握って言う。

「だからね、営業が中心となって、手売りの準備を進めているわ」
「手売り……」
「そう。売る場所は店に限らない」
「……っ」
「既にユキシマが広告を出してしまっている以上、アムネシアの溺恋に注目を浴びさせるためには、地道だけどひとりひとりに声をかけるのが一番の効果だろうって皆が言って。同時にAACから宣伝用のリーフレットやサンプルも大量に届いて、さらに手のあいているモデルさんとかが応援にきてくれているの。なにがなんでもユキシマに勝とうと、杏咲を渡さないと一致団結しているから!」
「うん、うんっ、ありがとう!」

 アムネシアは上品なブランドがある。
 そうしたものを持たないルミナス社員に迎合し、徹夜明けに手売りまで協力をしてくれたことに、そして加賀社長の配慮に涙が出てくる。

 たかが口紅、されど口紅。

 溺恋が、少しずつ世に馴染んで、ひとつにまとまっていく――。

「杏咲、中に入ろう?」
「うん……」

 わたしは後ろを振り返る。

「どうしたの?」
「お義母さん、来ないかなって」
「はああああ!? 来るわけないでしょう、敵会社の大ボスなんだから。ほら、入ろう」
 
 わたしは香代子に引き摺られるようにして、会場に入った。

 壇の上にはアムネシア社長と副社長が椅子に座っており、彼らの横には大きなテレビがある。

 巽はテレビで会場の客――アムネシアに関連する各界著名人や芸能人だけではなく、マスコミなどを相手にプレゼンをする。

 同商品の後発には厳しい意見も飛ぶだろう。
 それでも溺恋を発売するために、彼は覚悟して頑張るのだ。
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