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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く

「あとはもう、タツミィの健闘を祈るしか出来ないね」
「うん……」
わたしが香代子と立っていると、後ろから肩を叩かれた。
「杏咲」
びくりとする。
立っていたのは怜二さんだけで、由奈さんも義母もいない。
彼は澱んだ眼差しで笑う。
「今日で最後だね、アムネシアも巽くんも。今から覚悟を決めておくがいい」
彼は、まだ諦めていないのか。
わたしの声は、届かないのか。
「あのですね」
なにかを言おうとする香代子を止めて、わたしは言った。
「怜二さん、見ていて下さい。あなたの元同僚達が、どれだけの奇跡を起こしたのかを。わたし、企画を盗るひとに、負けたくないです」
強い意志を持ってそう言った。
怜二さんが僅かに目を細めた時、静かな足音がした。
わたしは背を向けていても、その足音が誰のものかわかる。
わたしは振り返った。
「お久しぶりです、お義母さん」
和装の義母は、能面のように冷たい顔だった。
美しい。
だけどそれゆえに、ひとを拒む。
……巽を彷彿させる美しさだ。
「母と呼ばれたくないわね。私の汚点だから」
あからさまな敵意に、怖くて足が震える。
「わたしの話を聞いていただけないでしょうか」
それでも、昔のように逃げたくない。
巽を救いたいのだ。
わたしはまっすぐに義母の目を見た。
闇のような暗い義母の瞳を。
「愚問よ」
彼女は動じない。
まるでわたしを、虫けらのように上から見ている。
負けない。
負けたくない。
わたしは、あの頃のわたしではない。
「……わたしは、巽に恋をしています。昔も今も」
「黙りなさい!」
義母の顔に皹が入った。
荒げられた声にびくっとしながらも、わたしは至って冷静に話を続ける。

