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アムネシアは蜜愛に花開く
第6章 Ⅴ アムネシアは蜜愛に花開く
 
「巽、お前はこの女に騙されているのよ」
「母さん。いつも言っているけど、俺が杏咲を好きなんだ。昔からなにひとつ変わっていない」
「巽!!」

 義母が悲痛さを強めて叫んだ時、突然会場が暗くなった。

 停電だろうか。
 電話が繋がらないと騒いでいるひともいる。

 その数秒後、壇にある大型テレビに映像が映り、同時にスマホも勝手に映像が映し出されたようだ。

 ――CMだ。加賀社長の仕業か。

 なぜ一斉に流れたのかはわからないが、怪奇現象のようで場はざわめく。
 
 画面の中で切ないピアノの旋律に乗って、巽が歩いてくる。
 噴水の前にいるのは、ハゲハゲの口から下しか映らないわたし。
 なんとか肌荒れも隠してくれたようで、美女に見えるから不思議だ。

 巽が前のめりに体勢を変えながらわたしに口紅をつけ、不意にくしゃりとして笑う。そして一瞬にして、欲情した蠱惑的な男の顔を見せ、アムネシア色に煌めくわたしの唇を奪った。
 
 わたしは気づいていなかったが、彼はカメラから遮るように掌でわたしの顔を隠し、本当のキスをしているところだけを見せつけると、挑発的な目をカメラに向け、わたしを抱きしめながら意味ありげに笑う。

 『艶づくきみを奪いたい』

 そんなキャッチと共に、バイオリンが絡みついた音楽が激しい旋律を奏で、最高潮の盛り上がりを見せたところで、商品名が字と共に男性の声でアナウンスされる。

 『溺恋――アムネシアは蜜愛に花開く』

 ……これは男性の、巽視点の溺恋だ。
 
 蕾だったわたしは、巽によって大輪の華となり、奪われた。
 十年前のあの日、枯れて散ったアムネシアを、巽は鮮やかに蘇らせたのだ――。
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